2014年8月6日水曜日

乗鞍岳の植物

文責:黒田春也(植物班) 7月20日。乗鞍岳を構成する峰々のうち最高峰の剣ヶ峰は標高3,026m。バスで2,700mまでは寝ていても上がれるので、手軽に高山植物を楽しむことが出来る。今回はカメラを山荘に置いてきてしまったためiPhoneで撮影した数枚のが写真しかないのが悔やまれる。  図 1 ウバユリ C.cordatum(ユリ科)
森林限界  バスで標高2,700mまで上がれるということは、森林限界は車内でまたぐことになる。うかうか寝ていては見逃してしまう。標高が上がるにつれ、樹皮の白が美しいシラカバからシラカバの化粧が落ちかかったかのようなダケカンバが優先してくる。ダケカンバとともにコメツガもみられ、次第に森林限界の近づきを知る。上ばかり見ていると車道のわきに咲いているクルマユリを見逃してしまうかもしれない。鮮やかなオレンジ色の花はコオニユリと似ているが、クルマユリは葉が輪生していることから区別できると教えていただいた。ユリ科といえば、宿泊した山荘の前には見事なウバユリが咲いており、こっちは写真がある(図1)。樹高が低くなって来たかなと思っていると、辺りはハイマツだらけである。テーブル状に生えているハイマツのなかでひょっこり樹高の高いハイマツを見ることもできた。樹高の高いハイマツは枝を幹の風下側にしか伸ばすことが出来ず、この特殊な樹形を旗型樹形と呼ぶ。こうした樹形の変化は冬季の強風と厚い積雪によってもたらされ、植物は厳しい自然環境と戦っていることがわかる。そう、ここはKampzone(戦場)と呼ばれる森林限界移行帯なのだ!森林限界に入るとハイマツの群落は島状に点在し視野はパッと開け、ここからはツツジ科などの矮性木本と小型草本の群落が点在するようになる。  image003image005  図2 上から順にアオノツガザクラP. aleutica(ツツジ科)、 イワウメD. lapponica(イワウメ科)、コケモモV. vitis-idaea(ツツジ科)
アオノツガザクラはドウダンツツジのような花弁を持つ。イワウメとコケモモのシュートは形態がよく似ている。高山環境に適応した結果の収斂進化の例だろうか。v                        
  矮性木本  
森林限界を超えたら木が生えないと思っていたら大間違い。ツツジ科を主とする小型で背の低い木は沢山生えている。今回見られた木本はアオノツガザクラ、コケモモ、イワウメ(図2)でどれも植物体と葉の矮小化、地を這うような樹形が共通している。これは冬の強風に適応的な形状なのであろう(図3)。ツバキ科の高山植物のなかには葉の両端が表面から巻き込んで裏面との間に空間をつくることで、強風による蒸散速度の上昇(夏だから扇風機の前でずっと目を開けていれば実感できよう)を抑えていると帰ってから知って、現地でもっと観察しておけばよかったと後悔。                                                                                   image007image008図3 雪山の突風では、耐風姿勢をとらないと飛ばされてしまう。(坂本眞一『孤高の人』より転載)
雪田植生
7月の下旬になっても地形が窪んでいるところには雪が島状に残っている。これを雪田と呼び、雪田が溶けきった後に花を咲かせる植物は先ほどのアオノツガザクラと草本のコイワカガミが見られた。コイワカガミは濡れた葉が日光を反射して鏡のように光り輝くことからその名が付けられたそうである。今回も小雨が降ったり日が出たり、不安定な天気だったがコイワカガミの葉が照り輝くさまを見るにはちょうどよかったといえる。雪田の下に埋もれている植物は冬季は一段と深い雪の底で温度は0℃に保たれ、夏季気温がかなり上がるまで雪が溶けきらないという環境にあるため、意外にも低温に弱く耐凍性もその他の高山植物に劣るらしい。 崩壊地  
image010image011図4 上から順にコマクサD. peregrina(ケシ科)とコイワカガミ
特に下りで実感したのだが、乗鞍の足場は非常に悪い。ゴロゴロとした動きやすい礫が足下を不安定にさせるからだ。このような崩れやすいガレ場はヒトだけだはなく植物も生育に苦労するらしくあまり多く見られない。そんな劣悪な環境にコマクサ(図4)は元気に生えている。高山植物の女王の名にふさわしく、根を深く張りなかなか腰が重いようである。
すきまの植物
コンクリート割れ目や、排水用の塩ビパイプの中からたくましく生える植物をよく見るだろう。しかし高山に来てまでそのような「すきまの植物」を見ることになるとは思っていなかった。高山植物がこのような環境を好むのには理由があって、すきまは強風がしのげ、土壌が堆積しやすいというなんとも居心地の良い場所らしい。見られたのはコマクサ、シロウマナズナハクサンイチゲ(図5)。それにしても女王さまも意外とすきまがお好きなのですね…。image015image014image013  図 5 上からコマクサDicentra peregrina(ケマンソウ科)、シロウマナズナ Draba shiroumana(アブラナ科)、ハクサンイチゲA. narcissiflora var. nipponica(キンポウゲ科)

岩石表面には黄色の蛍光色の地衣類が多く見られた。地衣類とは一菌種と一藻類が共生した複合体の総称でコケとは似て非なる。ただ地衣類の和名は「何とかゴケ」のように、さもコケのような名前が付いているのが多いので注意である。地衣類というのは枯れたコケのようで、岩についたシミのようで、生きているのか死んでいるのか一見するとわかりにくい奇妙な外見であるが、乗鞍岳では中でも奇妙なものをみつけたので写真に収めた(図6)。簡単に調べてみるとキイロスミイボゴケという地衣類のようであり、黒いイボにあたる部分は胞子嚢であるそうだ。地衣類は森林限界上部でとくに豊富に見られるものだそうだ。image014図 6 地衣類(コケじゃない!)   全体を振り返って  高山という特殊な環境に適応した植物の形態的な変化を観察できて大変有意義であった。雪解けが例年より遅く、一面のお花畑とはならなかったが良い高山植物入門となりました。

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