2012年4月26日木曜日

裏高尾採集記

$です。お久しぶりです。
書かなきゃいけない活動報告がいくつか溜まってしまっていますがとりあえず記憶が新鮮な直近のものから順に消化していくことにします。
ということで、今回は24日の虫班活動報告をば。 拙い文章ですが、お付き合いいただければ幸いです。
--------------------------------------------------------------

4月22日

——–日曜日である。
僕はパソコンに向かって忙しく作業をしていた。
いつもと変わらぬ休日の過ごし方。
そこへ・・・・・

ポヨッ♪〟

前触れもなしに珍妙な機械音が響いた。
———-スカイプの着信。

(誰だろ・・?)

発信者はくじ先輩だった。

「おぃ」

「なんでしょうか」

「火曜暇だったりする?」

「火曜、ですか?」

「採集に行こうと思うんだ、高尾に。 朝9時から」

(————-ほう、高尾採集・・・!)

新歓ムササビ合宿が雨天中止となり行きそびれた高尾。 狙っていた虫たちがいたのに・・・。 ちょうどリベンジを画策していた折だった。

「いいですね。 行きましょう!」

「え まじで行けるの? 授業は?」

「・・・・・・ないです!」

「さすが文系だな~!! 素晴らしい!」
なぜか褒められた。 でも褒められて悪い気はしないものだ。

「ありがとうございます!! ・・・・で、他に誰か来るんですか?」

「来ないよ」

「了解です」

「うん じゃあ火曜9時に高尾駅で」

(・・・・・高尾駅??)

高尾山は年に何度も採集に訪れる、虫班にとってホームグラウンドと言ってもいい山だ。
いつも京王線終点・『高尾山口駅』で降り、すぐそばの登山道から高尾山頂上を目指す。

「高尾山口駅、ですよね?」

「いや、高尾駅だよ」

「! ・・・・・・・まさか」


「・・・・・・・・そう 今回向かうのは、高尾山じゃあなく・・・

『裏高尾』


だよ」

「う・・・・『裏高尾』・・・・ッ!!」


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


————————-こうして僕とくじさん二人きりの平日採集が決まった。

--------------------------------------------------

4月24日

さて、約束の火曜がやってきた。
いつもなら日も昇りきったころに目を覚ます僕だが、この日はちゃんと7時に起きて支度をした。
天気予報の通り、空は晴れており、しかも非常に暖かい。 石垣島遠征以来約一カ月ぶりとなるTシャツ姿で家を出る。
京王線の車内では、遠足で高尾山に向かっているらしい小学生の集団と乗り合わせた。 彼らは高尾山口で降りるのであろう。
引率の教師とおどけあう子、座席に膝立ちになり一心に外を眺める子、友達同士他愛もない話で盛り上がる子。 見ていて微笑ましい。

(おーおー はしゃいどるね~。 そんなにパンパンなリュックを背負ってちゃ、登ってる途中でバテてしまうんじゃないのかね?)

シートに腰かけながらそんなことを考えているうちに高尾駅に到着。 予定より10分ほど遅れてしまった。
くじさんはすでに出口で僕を待っていた。 生きてて楽しいのか問いただしたくなる相変わらずの表情で階段に座り込んでいる。

「$君が遅れたせいでバス行っちゃったよ・・・」

「いやぁすみません まあ行ってしまったものは仕方ないですね 歩いて行くことにしましょう」

「はぁ・・・ そうだね・・・・」

さあ 楽し~いデートの始まり始まり~!
目的の林道まではだいたい一時間半ほどの道のりだという。
しばらく脇にぽつりぽつりと家々が立ち並ぶ舗装道路を行くが、実はそここそが裏高尾と呼ばれる一帯なのである。
『裏』、、、と言われると何やら不穏かつ妖しげな雰囲気を感じるが、なんのことはない、高尾山の裏手に位置する土地なので「裏高尾」。
つまり先だっての変なノリは、茶番である。

        
「ちょっと寄り道させて~」
そう言ってくじさんは細い道に入りこんでいった。

と言っても道なのかどうかすら判然としない。
よくわからないがついていく。・・・・
「ここだここだ」

どれくらい歩いただろうか、木がまばらに生えた人気のない場所でくじさんは立ち止まる。
そこには10本ほどの杉がかたまって生えていた。


「去年ここでコータスとパルナスがスギカミキリをたくさん採ったんだよ~」

「ここがこの前言ってたスギカミキリのポイントですか 早速探してみましょう!」

二人で杉の洞や根元などを 丹念にチェックしていく・・・・

が、いない。
あきらめかけたそのとき・・・

「あっ!」
驚いたようなくじさんの声。

「お、いたんですか?」

「うん・・・・ 死骸が落ちてた。。。」

くじさんがそう言いながら差し出した手の上には、寿命でお亡くなりになったばかりと思われる綺麗なスギカミキリが乗っていた。


「もう時期が遅いのかもね~ これは$君にあげるよ」

「俺が貰っちゃっていいんですか?」
死骸でも綺麗なものならちゃんと標本にできるので価値があるのだ。

「うん 僕もう採ったことあるから」

「じゃあいただいときます あざーっす」

その後も探索したが生きた個体は発見できず。

再び道路に戻り、先を目指す。
しばらく行くとY字路に出た。

「左の道をいくと日影沢(ひかげざわ)林道で右に行くと小下沢(こげさわ)林道だよ どっち行こうか?」

「どっちでもいいですけど、日影沢キャンプ場を一回見ておきたいんで左にしましょう」

「じゃあそうしよっかー」

未舗装の緩やかな道を登っていく。

木がたくさん生えていて、道は全般木陰になっているので涼しい。
途中、団体や夫婦連れの 、見たところ60~70代の思しき年輩の方たちが植物の写真を撮ったり観察をしたりしていた。

———-再び分かれ道にさしかかる。
・・・と、

「あれ

日影沢キャンプ場の営業所、焼けちゃってるじゃん」

「え?」

右手に目をやると何やら真っ黒に焦げた木造の小屋が、というより小屋の残骸が。
よく見ると警察か消防と見受けられる制服の人たちも小屋周辺に集まってきている。

「あの焼け落ちてる建物、日影沢キャンプ場の営業所なんですか?」

「うん キャンプ場を使うときはあそこであらかじめ申し込みをしなくちゃいけないんだ
朝の電車で管理所が昨日火事になったって話してるおじさんたちがいたけど本当だったんだぁ・・・」

前の週の土日が新歓高尾合宿だったので、雨で中止にさえならなければギリギリでキャンプ場を利用できただろう。
しかしこうなってはいつ再開されるかわからない。 またこのキャンプ場を利用できる日がくるかどうか。
残念なことだ。
    


「で、分かれ道だけどどうしようか・・・ こっからは結構どっちも長い登りの道になるんだよね」

「どっちの道も行ったことないんでくじさんに任せますよ」

「う~ん。。。 なんかあれだねぇ ・・・・・・小下沢に戻ってみようか」
くじさんの目が、登りはめんどいと訴えかけている。

「・・・じゃあそうしましょうか」

「うん」

そうして、先ほどのY字路を右へ。。。
日影沢方面と打って変わって見晴らしのいい道を雑談しながら進んでいく。
だいぶ行ったところでようやく周囲の景色が林道らしくなってきた。

            
花もちょくちょく咲いているので、蜜目当てに来る虫を狙って網で花を掬いながら歩く。


「おっ! 入った入った! コボトケヒゲナガ入ったよ~」

「えっ どれどれ、見せてくださいー
おお! ほんとだ」

「う~ん やっぱりいい虫だなぁ 僕このカミキリすごく好きなんだ~ いやー、採れてよかった」

僕も負けじと掬っていると、やたらと入ってくるヒナルリハナカミキリに混ざって別のシルエットが!

「こっちも入りましたよー!」

「おー よかったね~」
    

すれ違う人たち(植物の写真を撮ってる人やハイキングを楽しんでいる人たち)から
「何を採ってるんですか?」
なんて聞かれたりしながら花を掬いつつ進む。

「あれ? トラ系のカミキリ採れました これなんてやつか分かります?」

「ん? どれ? ・・・・ああっ! これトガリバアカネトラじゃん!」

「ああ、名前は聞いたことあります 思ったより小さいなー そこ掬ったら入りましたよ」

「カッコイイよねー しかもこの時期しか採れないらしいんだ 季節物はぜひ押さえておきたい 僕が今日一番採りたいと思ってたカミキリだよ」
くじさんが心なしか物欲しげな眼で僕の獲物を見ている気がする。

「へー そうなんですか くじさんも採れるといいっすね」

「あ・・・・うん ・・・よ~し、僕も頑張るぞ~!」

———-2人きりの行進は続く。(結論から言うとくじさんはトガリバアカネトラカミキリを採ることはできなかった。)


「あああ・・・!!」
突然立ち止まるくじさん。

「? どうかしました?」

「先週と今週英語の授業の課題、出したのに提出期限に間に合わなかったの急に思い出した・・・」

「あらら、期限過ぎちゃったんですか~ あれって確か半分くらいに減点されちゃいますよね~ ドンマイでーす」

「うちの学科は期限過ぎたら0点なんだ・・・・」

「え・・・ じゃあ出す意味無くないですか?」

「うん ・・・・・ない」

「・・・まああれですよ そのうちいいことだってありますよ 多分」
ここからくじさんの放つ負のオーラがより濃くなった。

「あ シロトラカミキリ採れたけどいるー?」

「くれるんすか?」

「いいよ~ これもう採ったことあるから はい」

「あざーっす」
        

「お! 今度はコボトケの♀が採れたよ! ♀は初採集だ~」

「ペア揃ったんですね! おめでとうございます」


こんな風に歩き続けていたらひらけた場所に出た。


「ここは昔のキャンプ場跡地だよ」

「へー まだまだキャンプ場として使えそうですけど・・・」

「そろそろここらへんでお昼ごはんにしようか」

「はい 俺はその辺散策してますね」
僕は途中でお腹が減ったので、歩き食いで昼食を済ませていたのだ。

ぶらつく。 すがすがしい気分だ。
晴れ渡った空にこの暖かさ、おいしい空気にさわやかな春風、聞こえてくる川のせせらぎ、木々のそよめき。

(最高のお出かけ日和だもんな~。 気分も良くなるはずだね。 ・・・でもそのせいだけじゃない感じ。 なんだろう・・・。)

————もしかして、くじさんとデートしてるせい・・・・・・・?

(—–それだけはないな。 ・・・・・! そうだった!)

忘れてかけていた。 今が世間で言うところの「平日」であることを。
僕ら以外の人たちは授業に仕事にあくせくと精を出しているのだ。
なんと哀れな敗北者たちよ! 空はどこまでも澄み渡っているというのに!

(休日はいつだって最高だけど、それが自分限定となるとさらに輪をかけて愉快なもんだ!)

勝利の味に酔いしれながらうっとりと空を見上げると、ルリタテハやアカタテハ、ミヤマセセリなどが飛んでいる。
その他小さな虫たちが飛び交う姿もちらほら見受けられる。

(本格的に春になったんだなあ・・・・)

そろそろ全国の虫屋たちも動き始めているのだろう。
自分も頑張らなくちゃ、なんて思う。
        
    

くじさんもお昼が済んだようで、あたりをブラブラしている。
・・・・こちらにやってきた。

「これをあげよう」
なんかのサビカミキリだ・・・。

「あざーっす」

    

「もうそろそろ引き返そうか 僕は夕方研究室にもちょっと寄りたいんだ」

「わかりました じゃあ戻りましょう」
時計は2時を指している。
来た道を戻りながらまた花を掬う。
しかし行きと比べて網に入る虫の数がめっきり減っている。

「全然いなくなっちゃってるね~ やっぱり昼も終わりになってくると虫もどっかに散っちゃうんだね」

「時間帯って大事なんですね さっき掬ったばっかりだから少ないってのもあるかもしれないですけど」

    
虫が採れないのでペースを上げて歩く。
すると思ったより早く林道を抜けた。


「帰りはバスに乗ろう・・・ 僕はもう疲れた・・・」
くじさんは前日例の英語の課題に追われ一時間半しか寝てないそう。 それなのに提出が無意味だったなんて、なんとも哀れな人である。
バスの運賃は220円だという。
金欠&ダイエット中の僕は歩くことを主張したが、くじさんは決して首を縦に振ろうとはしない。 その顔には、見る者の心の琴線に触れるようなえも言えぬ悲哀の色が浮かんでいる。
しかたないのでバスで駅まで向かうことにした。
ややあって道の先にバス停が見えてくる・・・・が、ラーメン二郎ばりの行列ができているではないか・・・・。 40人はくだらない感じだ。

「・・・・どう考えても座れませんね これじゃ」

「ううう・・・ 1個前の駅で乗っとけばよかった・・・ ミスった・・・」

バスが来る。
僕ら並び客たちが全員乗り込むともうギチギチのすし詰めである。


〝車内が大変混んでおります。。。 なるべく詰めてご乗車下さい。。。 ご協力お願いします。。。〟

詰めるために右足を浮かすと、すかさずその下に足をいれられた。 これでは文字通り足の踏み場がない。
おかげさまでフラミンゴよろしく片足で立たなければならない羽目に。 変な体勢なのもあってこれが想像以上に辛い。 マジ冗談キツいッス、といった心境。
おまけに背中には猛烈な負荷がかかっている。 どうやら後ろの大きなおばさまが僕の背中を背もたれかなんかと勘違いしているらしい。 勘弁してくれ・・・・!
僕はバスの側面を正面に捉えるかたちで立っていたので、目の前には座席。そして我が意を得たりという面持ちでその椅子に腰かけるお婆さん。
背後の圧力に屈せばそこに覆いかぶさるように倒れ込んでしまうのは避けられない・・・。 そうなれば阿鼻叫喚だ。
右手には虫網を持っているので左手で吊革の鉄パイプを掴んで、そうはさせじと踏みとどまる。
左手は全ての圧力を一手に引き受ける形となり、すでに血管が浮いてプルプル震えている。

バスはまだまだ駅に着く気配がない。

(・・・・くじさんは大丈夫だろうか。)

元気のなさには定評のある人なので心配だ。 隣に目をやってみる。
するとそこには、高齢者の隙間にがっちりと挟みこまれ、力無く垂れ下がった感じで上体だけを覗かせるくじさんの姿が・・・。
開いてはいるがもはや何も映ってはいないであろう胡乱に曇った目、重力の為すがまま無為に開きっぱなしの口、バスの揺れにシンクロする首。 ・・・・残念ながら手遅れだったようだ。

(今までいろいろとありがとうございました・・・・!)

しかし、僕も僕で刻々と限界に近づいていた。 左足がジンジンと疼く。 左手の指は真っ白だ。 一人で歩いて帰ればよかったという思いがふつふつとこみ上げてくる。

本気で気分が悪くなった頃、やっとバスは駅に到着した。
転げ落ちるように下車。

「平日なのにあんなに混むなんて・・・・ 酷かったね・・・」

「考えてみりゃ、お年寄りは毎日が休日ですもん。。。 勝ち目ないっすわ・・・。
(くじさんぎりぎりでこっちに戻ってこれたんだ! よかった・・・)」

帰りの電車では2人とも泥のように眠った。
そして終点・新宿で解散。
くじさんは研究室に向かい、僕は徒歩で1時間強かけて帰宅した。
この日は(帰りのバスを除けば)総じてなかなか乙な採集になったと思う。 またいつかこういう採集をやってみたい。

------------------------------------------------------------------

以上で報告終わりです。

0 件のコメント:

コメントを投稿