Akkonenです。伊豆沼の最終日の早朝探鳥の報告をさせていただきます。
メンバーは敬称略でI井(M)、トム、チョコ、ひーさん、ナマタク、いっしー、キム、私、そして前夜に交代したばかりの班長も途中から参加。珍しく大人数での早朝探鳥となりました。
ってまだ二回めですが…。
大体五時くらいに起きて五時半に出発したのだったか。
雪が降りしきる中を黙々と伊豆沼へ。真っ暗な空に月。寒い。これぞ東北。
伊豆沼に着くと、何故か皆道路ではないところをよく歩いていました。コンビニ脇あたりから。
地面に積もった新雪には人をそうさせる力があると思います。
一時間半くらい、鳥見をしていたと思うのですが…寒さを紛らわそうと喋ってばかりいたせいなのか、あんまり色々見た気がしないです。
確か去年は色々見ようと頑張ったんだけどな、おかしいな。
ちなみに去年はオジロワシが見られました。
あとクイナ。
でも、今年も飛び立つ雁の大群を見られたからよしとします。
伊豆沼の早朝に行くときは顔が冷たく足がしばれる(方言)ので色々対策をするといいでしょう。
でもあんまり対策しすぎると写真を撮る時に誰だかわからなくなってしまうので気をつけて。
誰か前日の伊豆沼一周ツアーも書いてくれると嬉しいな。
2005年12月29日木曜日
2005年12月25日日曜日
伊豆沼・活動報告
活動場所:伊豆沼 and 内沼
伊豆沼を一周歩いて周り、野鳥の観察を行った。
PM5時頃、マガンが飛び立つ姿を確認した。
見られた鳥は
ダイサギ アオサギ ヘラサギ マガン ヒシクイ オオハクチョウ マガモ
カルガモ コガモ オナガガモ ハシビロガモ ホシハジロ キンクロハジロ
スズガモ ミコアイサ カワアイサ トビ ノスリ チュウヒ ハヤブサ
チョウゲンボウ キジ オオバン ユリカモメ キジバト コゲラ(声のみ)
ヒバリ キセキレイ セグロセキレイ ハクセキレイ ヒヨドリ モズ
ジョウビタキ ツグミ ウグイス エナガ シジュウカラ メジロ ホオジロ
カシラダカ ミヤマホオジロ アオジ オオジュリン カワラヒワ ベニマシコ
スズメ ムクドリ カケス ハシブトガラス ハシボソガラス
全51種が確認された。
例年に比べやや多い数である。
標的としていたオジロワシ・カリガネは残念ながら見られなかった。
文責:石井克明
伊豆沼を一周歩いて周り、野鳥の観察を行った。
PM5時頃、マガンが飛び立つ姿を確認した。
見られた鳥は
ダイサギ アオサギ ヘラサギ マガン ヒシクイ オオハクチョウ マガモ
カルガモ コガモ オナガガモ ハシビロガモ ホシハジロ キンクロハジロ
スズガモ ミコアイサ カワアイサ トビ ノスリ チュウヒ ハヤブサ
チョウゲンボウ キジ オオバン ユリカモメ キジバト コゲラ(声のみ)
ヒバリ キセキレイ セグロセキレイ ハクセキレイ ヒヨドリ モズ
ジョウビタキ ツグミ ウグイス エナガ シジュウカラ メジロ ホオジロ
カシラダカ ミヤマホオジロ アオジ オオジュリン カワラヒワ ベニマシコ
スズメ ムクドリ カケス ハシブトガラス ハシボソガラス
全51種が確認された。
例年に比べやや多い数である。
標的としていたオジロワシ・カリガネは残念ながら見られなかった。
文責:石井克明
2005年12月14日水曜日
2002年3月17日日曜日
1年会
3月17日朝、病み上がりの体に鞭を打ち、 重いショルダーバッグを引きずるように運び、 なんとか僕は上野10時30分発の電車に乗り込んだ。 実は前日前々日と、 バイトを休むほどの高熱を出し家で寝込んでいたほどダウンしていたのである。 それを1年会までには治そうと、 薬を飲みひたすら寝ることにより、 なんとか1年会当日の朝は熱も36度代まで下がりはしたものの、 体にはまだだるさが残っていた。 そんな体調で1年会に臨んだため、 幾分重い荷物を運び、 自宅から上野駅に行き電車に乗る、 というだけでもう僕の体はある程度の疲労感を感じていた。 列車が動き出し、 先頭車両に一人座りしばらくたつと突如ポケットの中のPHSが震え出した。 メールが届いたようである。 差出人は今回の参加者である植物班のT(男)。 「後ろに4人いる」とのこと。 どうやら他のメンバーは列車の最後部に乗っていたようだ。 即座に後ろに行き皆に会いたいのもヤマヤマだったが、 3リットルのソフトドリンクと食料とスキーウェアでパンパンになった荷物は、 まだ熱の下がりきらない僕が最後尾に行くには重すぎた。 しかたなく後ろに行くのを断念した僕は、 しばらく一人で乗っていることにした。 そして高崎駅での乗換時に他の4人(植物T男、植物T女、水棲S、水棲N)との合流に成功。 これで5人である。 今回の参加者は全部で7人。 残りの2人(水棲Y、虫T)は3時間ほど後の電車でくることになったそうだ。 しばらく電車に揺られ、 ようやくT駅に着こうかという頃には、 車窓からの景色はもう銀世界になっていた。 銀、そう、 この銀こそが毎年生物同好会員をして冬に何度も山小屋まで足を運ばせる張本人なのである。
たぶん今回も山小屋までの道は雪で大変なことになっているだろうと踏んだ僕は、 他のメンバーがスパッツをつけたり軽いジャンパーを羽織ったりしている程度なのを尻目に、 1人スキーウェアに身を包みゴーグルまでつけてみた。 しかし実際、道はもうアスファルトが剥き出しになっており、 結局僕の最強装備は無駄な徒労に終わりただムショウに暑く恥ずかしい思いをするだけだった。 深いところは膝ほどまで高さのある雪道を進み20~30分ほどで山小屋に着いた。 山小屋内は、いつも通り静かで、 2週間ほど前に侵入者に荒らされたのは嘘のようだったが、 ドアに打ち付けられたベニヤと新しく取り付けられた内側からの鍵が 静かに事件があった事を物語っていた。 しばらくストーブを囲んでまったりして、 それから1時間ほど雪かきをした。 もう雪もだいぶ溶けて少なくなっていた。 後は放っておいてももう山小屋がつぶれる心配はないだろう、 安心して春の到来を待つばかりである。 雪かきを終えると早速夕食(カレー)作りだ。 調理を始めてしばらくたったころ、 遅い電車に乗ってきたYとTが到着した。 米を何合炊くかで少しもめ、 結局多すぎるのではないかという意見をおしきって10合たいた。 余ったらおにぎりにしようとも言っていたが、 みんな雪かきでお腹が空いていたのだろうか、 結局7人でペロリと平らげてしまった。 食後、今回のメインである1年会を(多少ムリヤリ?)始める。 内容は…まぁいくらかの脱線はあったが、 結局、それぞれ漠然ではあるが自分のやりたい幹事を考えておこう、ということになった。 あとは雑談である。 先輩批評や思い出話など、四方山話に花を咲かせて夜は更けていった。 コレぐらいの人数での山小屋の夜はいつも楽しいものである。 そして翌日、全員午後3時24分T駅発の電車に乗って帰宅し、今回の1年会は終了した。
今回は1年生だけで行った、 飲み会などではない初めての硬派な活動と言えるのではないだろうか。 やはり勝手がわからず四苦八苦したことも多少あったが、 それぞれに良い経験になったと思うし、 なにより自分たちだけで活動することの新鮮な楽しさがあったと思う。 これを機に、 今回の参加者がまた少しでもこのサークルに浸透することができたなら幸いである。
植物班1年K
2002年3月11日月曜日
第五回雪かき
今回で今年の雪かきは終了!! これから大雪が降らなければ後は雪融けを待つばかり。 いやはや、ホッとしてます。 今回は5人くらいでいいやと思っていたので、 人数が確保できた時点で連絡するのを止めてしまった。 今回や、全体を通して行きたかったのに連絡が無かったという人がいたら本当に申し訳ない。 でも、出来る限り多くの人に雪かきを体験してもらえたと自負してます。
第五回雪かき
日程:3月11~13日
参加:F、K、W、T、N(延べ5名)
11日。
10時半頃。集合場所に向かう途中Tと合流。 発車を待つ電車の中でTに「鉄拳チンミ」のレクチャーを受けた。 なるほど、チンミって…さっそく「月マガ」購入。 そうこうしている内にFさん、Nも合流。A駅からKも合流。 さっそくKにTFT二つ折り携帯を拝ませてもらう。 う…美しい!!心底うらやましい。 (うちの同好会ってカラー液晶の携帯持っている人多くない?) まあ、そんなこんなで、男ばっかり5人、山小屋へ向かう。 目的のT駅に着くと、なにか想像と…あれ? (実はこの雪かきの少し前にちょっとした理由で山小屋に行ってきた。 その時に雪はもう融けかけていて、 副幹事長と「今年はもう雪かきいらないかもね」などと話していたのだ。) 4日前と景色が違う。無情にも新雪が降り積もっていた。
日程:3月11~13日
参加:F、K、W、T、N(延べ5名)
11日。
10時半頃。集合場所に向かう途中Tと合流。 発車を待つ電車の中でTに「鉄拳チンミ」のレクチャーを受けた。 なるほど、チンミって…さっそく「月マガ」購入。 そうこうしている内にFさん、Nも合流。A駅からKも合流。 さっそくKにTFT二つ折り携帯を拝ませてもらう。 う…美しい!!心底うらやましい。 (うちの同好会ってカラー液晶の携帯持っている人多くない?) まあ、そんなこんなで、男ばっかり5人、山小屋へ向かう。 目的のT駅に着くと、なにか想像と…あれ? (実はこの雪かきの少し前にちょっとした理由で山小屋に行ってきた。 その時に雪はもう融けかけていて、 副幹事長と「今年はもう雪かきいらないかもね」などと話していたのだ。) 4日前と景色が違う。無情にも新雪が降り積もっていた。
小屋に向かう途中、冬山登山客に出会う。 登山客にどこに行くのかと聞かれ、そこの山小屋ですと答えると、 「今度泊まらせてくれ」と訳の分からんことを言われる。 Fさんがうまく断ってくれた。 (注:最近、山渓の本に冬山登山の練習場所として山小屋の裏の山が紹介されたため、 今年の冬は登山客が多いらしい。 結構多くの人の目に留まってしまっているので、今後注意が必要かも。) 登山客が山小屋の脇くらいまで道を作ってくれていたので比較的楽に山小屋に到着。
早速雪かきを始める。 まずは屋根の上に登り念撮。 次は屋根の上を転がり雪を落とす。 この時点では皆に余裕があった。 次にダンプで雪を運び、スコップで雪をかく。 まったくいつものパターンだ。2時から開始し5時半頃。 そろそろ暗くなってきたが屋根の上にはまだまだ雪が。 少しまずいんじゃないかなという雰囲気が。でも本日は終了!!
晩飯のキムチチゲを作り出す。 Tに「キムチチゲとキムチ鍋の違いは?」などと聞かれるが「知らない」と答えておく。 (確か「チゲ」=「鍋」) 米も上手く炊け、キムチチゲも上手く出来、お食事の時間。 みんなが一杯づつキムチ鍋の具を食うと次の瞬間、その鍋は味噌鍋へと変貌を遂げていた。 いや、世の中には不思議なこともあるものです。
12日
「男の子トーク」をしながら楽しく雪かき。 (色々と勉強になりました。)やっと屋根の端が出てくる。
「男の子トーク」をしながら楽しく雪かき。 (色々と勉強になりました。)やっと屋根の端が出てくる。
12時半にFさんが学生生活最後の山小屋との別れを告げる。 (お疲れ様でした。ありがとうございました。)
15時。NとTが帰るため駅に向かう。 この時点でストーブ後ろの窓の側の雪を一掻きもしていなかったのでKと私は居残り決定!!
16時。Kと買い出しに行くためにT駅に向かうと、向こうから見覚えのある人影が。よく見るとN。 (乗り遅れちゃったのね。)本日2度目の別れを告げY駅に向かう電車に乗る。
13日
朝起きるとストーブの火はかろうじて点いていた。 とにかく寒い。慌てて薪を放り込むとパチパチ音を立てて炎が強くなる。 ストーブの周りが暖かくなるとやっと周囲を覗う余裕が出てきた。 隣を見るとまだKは眠っていた。すぐ後ろのカーテンを開けると暗い。 時計を見る。もう夜が明けていてもいい時間なのに… 昨夜から降った雪が完全に窓を覆い尽くしていた。
朝起きるとストーブの火はかろうじて点いていた。 とにかく寒い。慌てて薪を放り込むとパチパチ音を立てて炎が強くなる。 ストーブの周りが暖かくなるとやっと周囲を覗う余裕が出てきた。 隣を見るとまだKは眠っていた。すぐ後ろのカーテンを開けると暗い。 時計を見る。もう夜が明けていてもいい時間なのに… 昨夜から降った雪が完全に窓を覆い尽くしていた。
6時半。Kが起きてきた。昨夜は外食したため洗い物もない。 したがってすぐに雪かきに取り掛かることになる。
7時。外の気温は-5℃。今日も楽しい一日の始まりだ。
12時。自分を誉めてやりながら雪かき終了。昼飯はカップ麺。 Kはすでに食欲が無くなっていた。
15時。山小屋を後にする。
最後の雪かきは、自分の中で一番大変だったけれど、一番充実した雪かきになった。
山小屋幹事
2002年2月20日水曜日
第4回山小屋雪かき(参加者11名)
2月20日10時半、約束の最後尾の車両に乗っている人は僕と、 植物班班長だけだった。まもなく電車が発車する。 まったく、みんなしょうがないもんだ。 どうせ先頭車両に乗ってるに決まっている。 まあいずれ合流するだろう。 ・・・と思っていたら車窓から景色がこちらに吸い寄せられてくる。 先頭車両に乗っていたお馬鹿ちゃんは僕のほうだったらしい。 まいっちんぐマチコ先生と思いながらも、 電車の重い扉を何十枚も突き破る体力を雪かきにまわしたかった僕は、 このまま班長とのデエトを楽しむことにした。
その後高崎で無事にみんなと合流し、 順調に山小屋のあるT駅へと向かうことが出来た。 今回の電車のアクセスのよさは、ISDNレベルでなかなか快適である。
T駅で下車し、みな駅舎の中でスキーウェアに着替える。 僕のはちなみにスキーウェアの代わりに活動用の雨具である。 ここで僕ははじめてスパッツなるものを着用した。 こいつはなかなか面白おかしいカタチをしとる。WAHAHAHAHA。
第1回目の雪かきのときは駅から山小屋まで2時間もかかったそうだが、 今回はそんなことはなく10分少々で山小屋に到着。 しっかしなんじゃこの雪の量は!? 関東育ちの僕の見てきた雪の量とは次元が違う。 優に東京ドーム18杯分はありそうだ。南無阿弥法蓮華経・・・。
気を取り直してみんな作業に取り掛かる。 スコップで山小屋の周りの雪をかき出し、ママさんダンプでその雪を遠くに運ぶ。 基本はそんな感じだ。が、ときにはわが道を行く人もいる。 昆虫班班長もその一人だ。 彼は春を見たいと言い残し、屋根のそばにひとつの竪穴を掘り出した。 1m、2m、H氏はどんどん深みにはまってゆく・・・(←なんか違う)。 しかしそのとき悲劇が彼を襲った!! 雪崩だ。白い悪魔に襲われた彼の下半身は、もはやどこにも見当たらなかった。
そんなこんなで1日目の作業を終える。 お次は楽しいディナーターイム♪ こんな時てきぱきと食事の用意をはじめる女の人たちはホントえらいと思う。 ここでなぜか水棲班1年のYが布団を敷き本格的に寝始める。 後で聞いた話だが彼はここで後のマージャンのために集中力を充電していたらしい。 たいした男である。晩のメニューはカレーであった。 食べ終わった後キジペでお皿を拭き、毎度のごとくいやな気分になる。 だってさぁ、トイレットペーパーでカレー拭くんだよ!?・・・失礼。
懸案事項だった煙突も比較的簡単に直ったため、 ストーブをたきながら暖かい夜を過ごす。 僕は夜遅くまで起きてはいたが、それなりに睡眠も取れたと思う。 なお火の番をしていた山小屋幹事は、一時間ほどしか寝なかったそうだ。 ご苦労様です。
2日目は、前日手をつけなかった薪部屋側を主に除雪することになった。 2日目ともなると、みんな手際が良くなっている。 ・・・と、しかしここでまたしても異変がっ!! 1日目に春を見るといって雪崩で殉職されたH氏の怨念が、 4人の同好会員に乗り移ったのだ!! かく言う私もその一人であったのだが、 当時の記憶はほとんど残っていない。 ただ、「・・・春が、・・・見たい・・・。」と、 うわごとのように言っていたのを覚えている。 このようなことがあったため、薪部屋側の側面には、 4つの竪穴式住居が出現することとなった。 そしてその4つの穴を1年Yが過呼吸連打なる必殺技でひとつにつなぎ、 おおむね雪かき完成である。 その後もまだしばらく作業は続いていたようだが、 千代の富士のように体力の限界がきていた僕は、 それ以上働きはしなかった。貧弱ですみません・・・。
そして、3時半の電車で元山小屋幹事以外はみな帰り、今回の雪かきは終了となった。
僕にとっては初めての雪かきとなった今回。 確かに体力的には疲れもしたが、非常に楽しく過ごすことが出来た。 ただ働くだけじゃん、とは言い切れない楽しさがあった。 もしこの報告を読んで、 まだ雪かきに行ったことのない人が行ってみようかなという気持ちになれたらいいなと思う。
T(植物班1年の男)
2002年2月3日日曜日
第3回山小屋雪かき(参加者8名)
2月3日、東京は晴れて暖かかった。 私は午前中に中国語の試験があったため、 本隊より遅れて午後1時半上野発の電車で一人山小屋へ向かった。 自身初の雪かきであり、 積雪の様子は経験者から聞いてある程度の認識はあったものの、 普段着で来てしまった私の考えはかなり甘かったようだ。
やっとの思いで山小屋に辿り着いたが既に午後5時に迫っており、 殆ど働きもせず火の番と夕食の準備をした。 夕食を終えた頃、最終電車で来たHさん、Iさんが到着、 午前2時頃には周囲も寝静まり、 私はIさんと共に火の番をしつつストーブに金網をのせ肉類を焼いて食べた。 至福の時であった。
夜明け頃に疲れから寝てしまい、 起きると9時半を過ぎており、皆外で雪かきをしていた。 最初私は火の番を命じられたが火が消えない程度に薪をくべて雪かきに加わった。 皆スコップを使いたがっていた。 私も使いたかったが我慢してママさんダンプで働いた。 昼時になり、私とIさんを残して皆小屋の中に入った。 私はここぞとばかりにスコップで雪かきをした。 新たに来たFさんを加えて三人での雪かきが続いた。 だいぶ経って昼食の用意ができたことをHさん(さっきとは別の人)が告げた。 私は手早く昼食を済ませて雪かきを再開した。 Iさん、Fさんは昼食返上で働いた。
三人になって3時間が過ぎようとしていたが中の人たちは出てこなかった。 業を煮やした私は様子をのぞいてみたが、寝ている人もいた。 恐らく疲れていたのだろう。 その後私は午後4時過ぎまで雪かきをし、 翌日に中国語の試験が控えているため6時台の電車で皆より一足先に東京へ戻った。
一日にして関東平野に住む人の一生分は雪かきをしたのではなかろうか? それくらい山小屋の雪は凄かったし、雪かきもきつかった。 しかし充実感はあった。 雪かきに参加したことで自然の厳しい表情を垣間見ることができたのではないかと思う。 きついのではあるがまた来たいと思える冬の山小屋であった。
A(昆虫班1年)
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