2002年1月26日土曜日

第二回雪かき

参加:3年M、
    2年H、W
    1年K、T、T、F、Y
 今回の雪かきは幾分変則的な日程である。 私が最初に予定していた日時は、1月27日(土)28日(日)であった。 しかし、一週間前の時点で、 この雪かきに行けると部室に名前を書いてくれていたのは一年Yの唯一人。 まあ、彼と二人ならば雪の程度によっては何とかなるかなと考えつつも、 色々な人に電話をかけまくる。 いろんな人から「無理!!」との、つれないお言葉をいただく。 まあいいさ。と落ち込みそうなときに、27日に用事があるので、 この日時では行けないが早く入ってやってくれるという3年生のMさんと1年生のKが現われた。 彼らは26日27日と雪かきに入ってくれた。

26日。
 先に山小屋に行った二人が、雪がかなり多いことを教えてくれたので、 急遽、雪かきに行けそうな人間を探し始める。 一文の先輩の一人が試験が終わったと喜んでいたのを思い出し、 一文生に電話を。FやHに電話をすると即快諾。う~ん、幸先が良い。 (まだまだ大変そうな一文生もたくさんおりました。) しかも、昨年落としてしまった物理が、こんな所で生きてきくるとは… ちょっとばかりの悲しみをこらえつつ物理の授業に向かい、 一年生のTとTを口説く。二人が来てくれることとなり、 人間って万事塞翁が馬であることを痛感する。

 新しく誘った人々の都合を聞くと27,28日で行くよりも、 むしろ28,29日で行ったほうがよいことが判明。 早速、日程を変更し山小屋にいるMさんにその旨を告げる。 これで彼らとは完全に入れ違いである。 Mさんはこれが雪かきのラストかもしれないので、 一人でも27日に入ろうかと思ったが、後発隊が全員冬の山小屋未経験者なので、 一緒に行くことに。

28日。
 私とHは始発で山小屋に向かう。 Hと、ゆっくり話すことが出来、 久しぶりに山小屋に向かう電車で有意義と思える時間を過ごす。

 今回は電車が止まっていないことに感謝しつつ向こうの駅に着くと、 見事な雪景色が目に飛び込んでくる。 スキーや温泉にでも行くのであれば素直に感動できる風景だが複雑な気持ちで感動を味わう。 この時、スキー客がTスキー場に向かって待合室を通り過ぎて行った。 バスも外に止まっており、失礼ながらTスキー場って使われているんだなとはじめて実感した。

 駅から小屋への道はMさんやKのおかげでずいぶんと歩きやすくなっていた。 小屋に着きストーブに火をくべ、少しくつろぐとFを駅まで迎えに行くことに。

 Fを駅で出迎えると、駅の外で車がスリップして路肩(?)から道に戻れなくなっていた。 手伝いを請われたので、三人で協力し何とか脱出を成功させる。

 その後、三人で山小屋に行き雪かきを開始。 ダンプがいないので、ただひたすらにスコップで雪を掻く。 天気が良く、スキーウェアの上着などは脱いでしまって、ひたすらに雪を掻いた。

 4時頃になるとFが帰る時間と残りの3人がくる時間の関係のため一旦雪かきを中止し、 Hにはストーブの番を頼んでFと私は駅に。

 駅でFと別れ、来たばかりの三人をつれて小屋に戻ると、 Yは早速雪かきにとりかかった。まったく元気な男である。 …とても助かるけど。Hにお願いをしYに指示を出してもらいながら一緒に雪をかいてもらった。

29日。
 朝9時ごろから雪を掻き始める。

 午前中は山側のほうを重点的に掻き、途中で雪に埋まったり、 埋められたり、埋めたりしながら楽しく雪を掻く。

 午後。昼飯を食い、雪かきを再開しようとしたら、 HとYが二回の男子部屋から飛び降りたいと言い出す。 すぐに許可する。先ずはYが跳ぶ…が、 足から着地し単に雪に埋まった間抜けな人みたいになった。 次にHが。彼はしっかりと雪の上に「大の字」を残した。 彼らを散々笑った後に、いやな予感が。 ひと呼吸おいて、TとTの方を見ると期待の眼差しを向けている彼女らがいた。 「今、部屋着だし…」と抵抗するも、コールをかけられると自然を体が動いてしまい、 私は昼の星となった。

 外から帰ってくるとTが跳びたいと言い出す。 無責任に「跳べ!跳べ!」と囃し立てて跳ばせる。 彼女は跳ぶというより、窓枠に足を滑らせ落ちていった。 もう一人のTはそれを見て怖くなったらしく、 男子部屋からは跳びたくないと言い出した。 そして、よりによって女子部屋からなら跳ぶと言い出した。 (女子部屋の窓から雪までの方が距離があるのに、 なぜ奴は自分から厳しい方を選択してしまうのだろう?) 一度言い出したことなので、彼女には頑張って女子部屋から跳んで頂いた。 なんというか、さすがTとしか言えないのだが、 頭から深く埋まってしまい、バタバタしている姿は、 本人も辛かったであろうが、我々も笑い死にするかと思い大変であった。 結局みんな女子部屋から跳んでいった。

 その後、目標地点まで掘り進み、無事に終了。

 今回は、HとTとTの強烈な個性の前に翻弄される雪かきでした。 二人でやってくれたMさんとKには心から感謝いたします。

2002年1月12日土曜日

第一回雪かき

まず最初に。
雪かきとは我らが愛する山小屋が、 新潟の雪につぶされてしまわないように、 屋根の雪を落としたり、小屋の周りを掘ったり、なべを食ったり、 ストーブ焚いてみたり、終わったらスキーとしてみたり、 雪の中で遊んでみたりと、なかなかハード且つそれなりに楽しい活動のこと。 筋トレやダイエットにもいいらしい。(?)

第一回雪かき
日程:1月13~15日
参加:2年、I、U、K、H、F、M、W
1年、M(延べ8名)

13日。
年末からの大雪のニュースにどきどきしながら年を越したが、 年が明けてからの積雪はあまりたいしたことがないという情報を得て、 かなりお気楽な気分で家を出て山小屋へ向かう。 (11日くらいから降り出したとは聞いてもではたいしたことがないだろうと、 たかをくくっていた。)

今回の雪かきは、テスト直前であり、参加人数は3人の予定であった。 しかし行ってみると、電車は止まっていて、代替バスで行かなくてはならないは、 ヒッチハイクしなくてはならないやら、 新雪のために雪の上を進もうとしても胸までもぐってしまってなかなか進めないはで、 山小屋に着くまでも大変であった。17:00に何とか駅に着き、 そこから山小屋まで2時間かかった。一年生のMはそんな、 下手をすると胸までもぐってしまうような雪の中をさくさくと歩いており、 自分の特技を発見したと喜んでいた。雪の中では絶対に彼に勝てる気がしない。 (わかる人はわかるであろうが、あちらの雪は積もったばかりのときは非常にさらさらで、 軽い感じがする。そんな新雪が80cmほど積もった中を歩いて行くと想像してほしい。 とてもじゃないが彼のように早くは歩けない。)

山小屋に着いてみると、沢側の屋根の雪が地面の雪とくっ付き、 雪の重みで屋根の一部が少しばかり変形していた。 昨年は一月にはほとんど雪はなかったと聞いていたので、 今年は雪が多いと聞いていてもまさかこれほどのものとは想像もしていなかった。 慌てて東京に残っている幹事に連絡をとり、 来てもらえるように要請を送る。屋根はミシミシいっており、その晩は生きた心地がしなかった。

14日。
何とか都合をあわせて幹事が5人ほど駆けつけてきてくれた。 そのうちの2名などは山小屋の中にも入らずに頑張ってくれ、日帰りで帰っていった。 KとFである。二年のMは帰りに駅で寝てしまい、Y駅に出て特急で帰るという荒業を披露してくれた。

5人が駆けつけてくれて非常にはかどったが、終わらなかった。 山側の雪ももう少しかきたいし、谷側の雪には手もつけていなかった。 ただ一日雪をかいた結果として、なかなかに心地のよい疲労感と、 人の力って偉大だなと思わせてくれるような雪の山が残った。

翌週からテスト期間が始まってしまうために次の週末に来るのは非常に難しいと思ったことや、 翌日まで、UとIとHが残るとのことなので私も残ることに決めた。

15日。
小屋を掃除し、11時頃から17時頃まで雪かき。 不満がないではないが十分満足できる雪を掻いて駅に向かう。 駅で待てど暮らせど電車がこない。 Hが駅に備え付けられてある電話でJRを呼び出すと、またまた電車が止まっているとのこと。 …またかと少し怒りが込み上げつつ、言いようのない脱力感に包まれる。 結局JR職員が最寄駅まで迎えに着てくれY駅からの代替バスに乗り帰途についた。

まあ何にしても、今年は雪が多いです。 それも、かなりコンスタントに降ってくれているので、 いつ雪かきに来ていただいても楽しめるかと思います。 ただ、なんとなく、1月と2月と3月の雪では雪の質感が少しずつ違う様です。 是非それを体感していただけることを願っています。

2001年5月19日土曜日

春合宿

五月、はじめて山小屋に行ってきました。 行って驚きました。 山小屋が新潟の湯沢にある、というのもそうですが、 山小屋そのものに「おっ、すごい!」と言わされました。 なぜなら僕が想像していた山小屋よりずいぶん立派だったからです。 よく山の頂や中腹にあるような こじんまりしている山小屋を思い浮かべていたのですが 、山小屋というよりも『山荘』張りの二階建て、 3LDK薪部屋付だったからです。 先輩たち三人と先行して行ったのですが、 山小屋に入ってしてみるとさらに驚かされることが待っていました。 それは、あたり一面にいるカメムシ達です。 床にはざっと見ただけで数百匹のその死骸と ランタンに飛んでくるやつら! 結局「虫班」の力も通じず(笑)、順当に掃除して寝ました。 翌朝、手分けして冬囲いの板外しと冬の間に詰まった泥を除いて 台所の蛇口から水を出るようにする作業を行いました。 僕は水の方を手伝うことになって、先輩と試行錯誤の末、 水が出るようになったときは感激でした。 昼過ぎ、日没後に第二陣、第三陣が到着して、 そのとき温泉上がりにいたずら心で買った花火でお出迎え! 楽しい。総勢十数名で例年より少ない人数だそうですが 僕にはアットホームないい感じでした。 みんなそろって、夕食はカレーだったんですが、 カメムシの襲撃にはまいりました。 特攻隊なみにカレーに突入した彼らは、 それを食べた数名の口にカメムシ味を残したようでした。 そのあと、恒例の一発芸では、 バイオリンの演奏やいくつもの手品を見れたので、 来なかった会員より得した気持ちになれました。 夜は夜で「鳥班」持参の望遠鏡で星空を見上げていました。 すてきでしたよ!さらに次の日、 後発隊で残ったので先に帰る人たちを駅で見送った後、 近くの川でひなたぼっこしていたら、 先輩の一人が川に入って泳いだのにびっくりでした。 五月の水が冷たい時期ですよ!それから小屋掃除して、 ぼーっとしていたら、 ある先輩がいつ行ったのか虫取り網で何か捕まえてもっどて来ました。 そのとき「やっぱり生物同好会の名前は伊達じゃないなぁ。」と感じました。 これで二泊三日の山小屋の記録は終わりです。 今回ほんと楽しかったです。 最後まで読んでくれてありがとうございました。

2001年4月14日土曜日

2001年度 新歓合宿(ムササビ観察)

4/14・15、東京・高尾山にて
 新入生を8人迎えての新歓合宿は、 かなりの人がムササビを見られ、 これにより第一目的は達成できたと思う。 しかし、見ることだけでは面白さは3割止まりというのが高尾山だ……。
 用事がない2・3年は正午に集合と言ってあったにもかかわらず、 その時間には私を含めて5人しかいなかった。 1時ころにやっと10人ほど集まって、おつまみとお酒の買出しへ。 隊長3年H氏のお酒隊と、我々4人のお菓子隊を編成する。 いつものお店サ○トクへ行こうかと思ったけれど遠い!  ということで、セイフ〇へ。 神田川を渡ってしばらく行くと懐かしい感じの商店街に入り込む。 セイフ〇では、普通のおつまみに交じえて、 なぜか芋ケンピを2袋とかいう選択で買い物を終える。 このときは結構買ったなと思ったのだけれど……。
 2時を少し回ったころ、ようやくこれで全員かなと思える数が部室前に集まった。 その上、OG1年のK・SさんとM・Kさんが見送りに来てくれた(嬉!!)。 しかも、なんとM・Kさんは手作りたけのこおにぎりを差し入れてくれました。
 このころから掲示板のエントリーシートに書いてなかった人がちらほらと来る。 その時に急いで装備や食べ物を割り振った(周りから見るとただ単に焦って見えたかな?)。 そして、どうしても日が暮れる前に登ってしまいたいと思ったため、 さくさくとA・B・Cの3班に分け(しかも、最初は頭の中で……)た。 でも、そのおかげで(!)A班の7名は2時半には部室を出ることができた。 その後、15~20分置きにB、Cと出発する。 私のC班9名、うち新入生3名は当然のように馬場歩きをした。 しかも、2・3年のほとんどが大ザックで。 3年T氏と、2人のOGが新宿駅まで付いて来てくれることになった。 Tには高尾山口駅まで来てよーと言ったが、結局断られてしまった。もう一押しだったかな?  馬場歩きの途中では、K・Sさんが 「私たちのときは地下鉄で馬場まで行ったよ。元気だねー」 と言っていたのが印象的だった 。彼女はとても行きたそうにしていたのでそのまま誘ってみたけれど、 「このカッコじゃ無理」と言われてしまった。
 まあそんなわけで、新宿駅の京王線のりかえ口で3人と別れ、 準急高尾山口駅行きに無事乗り込んだのであった。
 高尾山口に着いたのは5時前だった。 そこから例年のようにアスファルトの道を登り始めたのだが、かなり大変な坂道。 いつも楽な気がして行って、登り始めて実は大変だったことに気付く。 このときも、登山中の記憶はないに等しい。 私が一番疲れていて、何人かの新入生に心配されたというくらいだ。
 そんな状態になりつつも無事いつもの場所へ。 日が暮れる前に説明をしてしまおうと展望台に行ったら、 さっそく住民の方に注意を受ける。しずかにね……。
  そのまま上で各自持って来た夕飯を食べた。 このとき、みんなのばらけ具合が妙に受けた。 手すりに沿って円状に、数人ずつで食べる人、孤高を保って(!?)食べる人、 中央のポール辺りで立ったまま食べる人。実況中継できそうでした。
 さて、そんなこんなでとりあえずテント張りを実演してみることにする。 なんのトラブルもなかったな。そしていよいよムササビ探しへ!
 大勢で行っても仕方ないからということで、 歩きながら小人数になって行こうとしたが、 薬王院までは結局みんな同じなので、そのままぞろぞろと歩く。 途中、薬王院の入り口に10人前後の学生のグループがいる。 トランシーバーなどを使って、かなり本格的に調査している様子だ。 聞いてみると、麻布大学だという。なんとなく「やっぱり」と思う。 このあたりからグループが細かくなり始めた。
 さて、ムササビは観られたのか……。
 このとき観に行った人は、8~9割が観られたらしい。 薬王院の境内に入った直後、 ムササビがびょーっと頭上を飛ぶ滑空を観られたグループもあった。 木の上のムササビの目が光るのを観られた人もいる。 戻るとき、麻布の人たちが観察していた場所で何度も滑空が見られたらしい。 中には2年のTやYのように、 2年連続で観られなかったと言う「才能」的な結果に終わった人もいたが。 私自身は、滑空2回と木の上のムササビを観察できた。
 そのあと、ささやかな飲み会。おだやかだった。 その最中に、5時に部室を出た二次隊が到着する。 彼らを交えて、10時ころ、第2回目観察タイム!  が、このときは滑空を見られず。ああ、残念……。
 このあと、高尾の夜はひっそりと更けていった。 基本的にはみんな、まったり話したり、 まったり飲んだりしていた(一部そうでない人たちもいたけれど)。
 昇り始めた月が、缶詰の蜜柑のようだった。鮮やかな橙色でぷるんとしていた。
 この晩、雨はほとんど降らなかったものの、とても冷え込んだ 。私はやむを得ずテントに避難したが、 例年のごとく完徹して夜明けを見た人たちもいた。 朝日の白黄色は確かにきれいだった。
 朝、いろいろな物事が動き出す前にテントなどを片付け、清掃をして一次解散した。 そのあとは、そのまま帰るか各班の活動だったのだが、 班活動をしながら帰る人が多かったのは嬉しい限りだった。
3年・がっしゅくかんじ